今、考えるデザインのこと2017/2/19

こないだ飲み会で、お世話になってるカナエールの事務局の方と話していて、「コースケさんがピックアップするものなんか良いなと思うんですけど(Facebookの話ですね)あれはなんでじゃろ?」みたいなこと聞かれたんですね。僕もそれはどう答えたら良いのだろうと思ったのだけれど、「デザインの仕事してると、美しいものを美しいと認めるみたいなことは価値あるんじゃないかと思うんですよね」みたいな返答をしまして。あそこでなんで、美しいという言葉を引用したのだろうと思うのだけど、まあある意味、美しいって言葉が便利なんだろうな、と思いました。その方とは、その後、なぜか固い握手を交わし。

美しい、って言葉が、便利、ってちょっと面白いですね。

例えばデザインの文脈における美しいという言葉を考えると、装飾美と機能美みたいに切り分けられると思うのだけれど、最近、考えているのはそういうことでもなくて、そう言えば、昔、ろくに出ない大学の授業の中で、唯一、挙手して意見を言うのが楽しみな授業があって(確か、経営戦略とかの授業だった気が、言っても単位取得に必要なの発言3回って聞いてたので、期間中3回しか挙手してないんだけど)、一度、教授に「それは美しい立論だね」って言われたのが嬉しかったのを思い出しました。まだ覚えてるってことは相当嬉しかったんじゃないかなあ。

そう言えば、僕が学生時代にバイトしていた会社のWebサイトにデザインについてこんな説明があった時期があります。

「Design」は「De」+「Sign」、複雑なものを噛み砕いてわかりやすいサインに組み替える意味があります。

これ20年近く前の朧気な記憶なので、言葉尻が正確かは曖昧なのだけれど、おそらく概ねこれであってるはず。なんかデザイナーの本質的なパフォーマンスって、半分は表現することだけど、半分は咀嚼することにある気がするんですよね。良いものを良いと認めたり、不要なものをより分けたり、絡み合ったものを解きほぐしたり。

だから、美しい、って言葉がなんで便利かっていうと、そういうことを言う時に一言で済むからだと思うんですよね。

デザインの対象物って、僕が関わることの範疇だけでも、Webサイトの場合もあれば、Webサービスの場合もあるし、印刷物の時もあるし、パッケージの時もあるし、企画書や、プレゼンや、モックや、プロトタイプみたいな中間生成物の時もあるし、プロモーション戦略とか、マーケティング戦略、みたいなこともデザインの視点で考えると多分に変わってくるし、組織設計とか、システム設計とかもデザインですよね、設計だから。

そう考えると、デザインというのはずるいのだが、今、デザイン思考というある意味でのフレームワークが、汎用的に色々な分野に応用できる、みたいなことは色々な場所に「De」+「Sign」のニーズがあるから、とも言えて、その方法論を一人の力じゃなくて多くの人の力を借りて、というのが、ざっくり今のデザイン思考の議論とも言える、のではないかなあと思いました。

なんかだから、岡潔さんの文章が美しいという時に、そこには「De」+「Sign」があるのだろうし、金重有邦さんの手の動きが美しいという時に、そこには「De」+「Sign」があるのだろうし、小瀬村晶さんの楽曲が美しいという時に、そこには「De」+「Sign」がありそう。デザインの汎用性はなんかともすれば何にでも使えてずるそうだけど、逆に言うと、色々なスペシャリストやプロフェッショナルのところに既に「De」+「Sign」はあって、デザイナーがデザインで特異性を出していくことって、職業とか組織での役割ということを取っ払うと、これからますます難しくなってくるかも知れません。色々なところに職業的なデザイナーではない、本質的なデザイナーがいそうとも言える。

それでもデザイナーであろうとする時に、以前、仕事先で現場の先輩に聞いた言葉を思い出します。「デザイナー、って生き方だと思うんですよね」、という。

長らく、自分の肩書きにデザイナーってつけなかったことと、最近、自分の肩書きにデザイナーって含めたことと、なんかその辺のこともあるんだろうなあという気がする。モノの捉え方とか触り方とか関わり方みたいなものを、もうちょっとデザイナー寄りに振ろうかな、ってことで、あんまり職業としてのデザイナーをアピールしたいわけじゃ実はなかったのかも(自分でやっといて、なかったのかも、とか言ってる辺り怪しいですが)。

なんかでも、そういうことな気がする、デザインのこと。

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