『ブッダに学ぶ「やり抜く力」』 佐々木閑2017/6/18

本屋歩いてたら、この著書名の「やり抜く力」っていうのが気になって、というのも、ここ1年か半年くらい、TEDで「GRIT」の話を扱ったスピーチが話題になってて、これ確か「やり抜く力」って訳されてたなあと思い至りまして。

本の内容は平易でわかりやすく読みやすかったです。主に「自己変革」ということについて書いてあります。どうやら、佐々木閑さんの他の著作と比べるとビジネスマン向けに書かれた本、ということのよう。大江千里さんや三浦知良さんが実例に出て来たりして、割とキャッチー。

ブッダに学ぶ「やり抜く力」
佐々木 閑
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「自分探し」でも、「自己啓発」でもなく、「自己変革」なんだけれど、今流行りの都合の良い言葉って、ちょっと気持ちが軽くなったくらいでは、またすぐ重くなる、みたいなこと書いてあってそれはまさしくそうなんだろうと思うんですよね。ちょっと目先を変えるだけで、じゃダメで、ちゃんと修練を積み上げないといけないという。「仏教という組織が2500年間にわたり積み上げてきた自己変革の実績」というフレーズが、なんとも説得力ありました。

「出家度」と「生産性」のバランス、という考え方も面白かったです。僕は基本的にビジネスマンのつもりでいますが、そこそこ出家度もある気がしていまして、「やりたいことをやり続ける」という出家と、「社会における役割を果たしていく」という生産性を、どれくらいの配分でどう折り合いつけていく?というのはわかりやすいバロメーターの描き方なのではないかなあと。出家度。出家度高くても、煩悩も多分に持ってそうだけど。

興味ある方は、弓月さんのインタビューなど読んでいただくと良いと思います。ここでは「非日常性への回路」という言い方をしています。

松下 弓月 | ET Luv.Lab.

【松下】日常性から逸脱するような回路というものを、どれだけ持ってられるかだと思うんですよ。キリスト教圏であれば神という絶対的な存在があって、そこに繋がるという回路があるんだろうと思います。日本人の場合は「ハレ」と「ケ」と「ケガレ」という日本人の宗教性の生活形態を3つに分類するような言葉があります。ハレはお祭りの時ですよね。ケは日常で。ケガレというのはなにかその負の非日常性ですね。死に関するものとか血液に関するもの。日本人はこの3つの間を行ったり来たりして生きていた。普通の日常生活の中でたまにお祭りみたいな時があって、その時だけ触祭的な空間なり聖性に触れるんだけど、また日常に戻ってきて。たまには人がなくなったりしてケガレになったりするんだけれども、身を清めて元の日常に戻る。こういう往還運動があったから、日常性の中でがんじがらめになるということがなかったわけですよね。それが今は宗教性というものが、危険なモノ的な捉えられ方しかなくなってしまっているので、日常の囲いの中から外に出られなくなってしまっている状態だと思うんですよね。

【松下】それって非常につらいことだと思うんです。生きていくのは楽なことばかりじゃないですから、大変なことが沢山ある中で、日常性から抜けられない。そこから逸脱して開放感を得たりというようなこともできない状態にある。それを何かもう一度取り戻すような回路というのはあった方がいいんじゃないかと思います。

自分が乗り越えた体験を体系化して伝えたものが釈迦の教えであるとした時に、やっぱり自己変革って自分に向くんだと思うんですよね。ただ、仏教の教えって都合よく解釈すると、本当にただの自己擁護というか、利己主義に陥りがちだとも思うけれども。

修練だな。修練。

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