頑張ってますよね、という話2017/6/24

先日、デザイナー仲間とオフィスを抜けてランチを食べていた時のこと。付き合いも長くなり、色々話していたのですが、最近忙しいですか?のくだりで、カナエールの話になりました。「加藤さん、頑張ってますよね」。いやあ、見てる方もそうとしか言いようががないですよね、そりゃそうだ。頑張ってると思ってもらえてるだけ(外から見ても頑張ってることは伝わってるんだなというw)、ありがたい。そう、頑張ってることが見えてることが大事。「なんで今年で最後なんですか?」って聞かれたりして、気にしてもらえてる感じもあり。

今日、ちょっと気分転換に横浜に司馬遼太郎展というのを観に行きました。司馬遼太郎さんの作品は特に中高時代たくさん読みました。一番好きな作品は『峠』かな。なんか若いうちに一流に触れるの大事とか言いますが、実際のところ、そういうものを挙げようと思うと難しいのだけど、司馬遼太郎さんの作品は、若い頃に触れた一流と言えるのではないかなあと思いました。歴史小説が苦手な人は、『街道をゆく』がお薦めで、自分の興味ある土地のものを拾い読みすると、歴史だけでなく、地政学的なことや、民俗学的なこと、人の暮らしや風土や土地柄が紀行文の形で様々な視点から見えて来て面白いのではないかなあと思います。鳥のような視点を以って、エンターテインメントしてた人、なんじゃないかなあと思っています。

展示で僕が特に興味を覚えたのは、直筆の原稿でした。司馬さんの独特の癖字は好きなのですが、赤、青、黃、緑の色鉛筆を使って、草稿にご自身で校正を入れてた様子が見て取れました。今、僕らが、原稿を例えばGoogle Docsなどを使って共有し、コメント機能を使うなどして校正する、みたいなことと、司馬さんの当時のやり方では、なんかやっぱりできあがるものも違ってくるかもな、という気がしました。司馬さんの時代の人は今のやり方できないし、今の時代の人は司馬さんのやり方やらないだろうけども(もしかしたらまだまだ文筆家の中にはそういう人たちもいるのかな)。

さて、先に挙げたカナエール、頑張ってますよね、というのの実態の多くは実は書くことかなあと思います、あと描くこと少々。カナエールのWebサイトにはこれまでに3年間で70本僕自身記事を書いて来ました。全部何書いたか覚えていないんですが、色々なことを、時には瑣末なことでも、一つ一つ言語化していくこと、というのは大事じゃないかなと思っています。昔はチケット販売用のランディングページの文言を決めるのに一昼夜闘わなければいけなかったけど、今はストンと言葉に落とせるようになりました。関わって来た時間の成果かも知れない。

カナエールに来場いただきたいお願いは、カナエールのWebにたくさん今年も書きました。特に「希望格差のない社会へ」昨年に引き続き、ブリッジフォースマイルの自立支援白書のデータも踏まえつつ、僕がこれまで見聞き話して来たことと、最後の開催のこと、これからの朧気だけど道筋みたいなこと含めて、書いています。主観と客観を行ったり来たりする文章、という評があったけど、多分、書きながらプロジェクトの視点と自分の視点を行ったり来たりしてたんだろうと思います。あ、ちょっと司馬さんっぽいですね。

「希望格差のない社会へ」カナエールと子どもたちの7年間、そして、最後の開催と、これから。

僕、特に言いたかったのってここかな。

ここまで皆さんに子どもたちのことを知ってもらうため、書いて来ました。では、視点を変えてみましょう。少し考えてみてください。社会は子どもたちからどう見えているのでしょうか。

正解はわからないと言えるでしょう。ただ、これまでなかなか社会から見えづらくなっていた子どもたちの姿と同じく、子どもたちからもなかなか社会が見えづらくなっている、ということがあるのではないでしょうか。「子どもたちの可能性」と「社会にある希望」。双方が双方に見えづらくなっていた。ここにあるのが希望格差です。その希望格差の解消のための奨学金支援は子どもたちへの挑戦する機会の提供ですが、一方で、子どもたちと多くの大人たちと同じ場所と時間を共有する機会の提供がスピーチコンテストです。子どもたちが、一番たくさんの大人たちと関わる機会です。

「社会は子どもたちからどう見えているのでしょうか」ということ。だから、やっぱり観客席埋まってて欲しいなと思うんですよね。以前、「チケット売ることにこだわらなければ、席は埋めれる」みたいな話を聞いたことがあったんだけど、僕それにこう答えました「それでも埋まらないと思う」。そういう性格のものじゃないと思うんだよな。自分の時間と意志を割いて、それに加えて、お金も割いてもらうわけだけれど、多分、重いのは時間と意志で。その場に居合わせようと思ってくれる人、というのを東京・横浜・福岡で2,000人集まってもらおうと思うと、仮に参加費が無料だったとしても、やっぱりそれなりに大変なことだろうと思うのです。

頑張ろう、頑張ろう、最後の1週間、どう頑張ろうと思うのだけど、準備して来たことをやるしかないのだろうなと思うのですよね。

仕事は準備。

残り1週間、これまでの分(チケット販売期間の3ヶ月なのか、今年がキックオフしてからの9ヶ月なのか、僕が関わって来た5年間なのか、プロジェクトスタートからの7年間なのか)を準備と思えば、やれることはあるよなあと。あと一歩踏み込んで、あと少し手を伸ばすだけな気がします。

案外、何かの最後の最後って立ち会ったことがあるようで案外ない気がしていて、スポーツの引退みたいなものなのか、とか色々思うわけだけど、もしそうだとして、やれるところまでやらないと、というのは経験則としてありますよね。

最後、普段、ブログ読んでくださってる方にも、是非遊びに来て欲しいなと思っています。ラストチャンスなので。

そう言えば、今日の司馬遼太郎展、最後に『二十一世紀に生きる君たちへ』の文章と直筆の原稿が掲出されてたんだけど、何書いてあったかと思ってちょっと調べてみました。

もし、「未来」という街角で、私が君たちを呼び止めることができたら、どんなにいいだろう。

「田中くん、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている、二十一世紀とは、どんな世の中でしょう。」

そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、ただ残念にも、その「未来」という街角には、私はもういない。だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということである。

私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、構成されているのである。そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。

原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社会をつくり、たがいに助け合いながら生きているのである。自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。

このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。

助け合うという気持ちや行動のもとは、いたわりという感情である。

他人の痛みを感じることと言ってもいい。やさしさと言いかえてもいい。

「やさしさ」
「おもいやり」
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」

みな似たような言葉である。

これらの言葉は、もともと一つの根から出ている。根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならない。その訓練とは、簡単なことだ。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分でつくりあげていきさえすればよい。

この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、二十一世紀は人類が仲良しで暮らせる時代になるにちがいない。

鎌倉時代の武士たちは、「たのもしさ」ということを、大切にしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格をもたねばならない。男女とも、たのもしくない人格に魅力を感じないのである。

もういちど繰り返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分には厳しく、あいてにはやさしく、とも言った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていく。そして、”たのもしい君たち”になっていく。

以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができない心がまえというものである。君たち。君たちはつねに晴れ上がった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。

同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。

今は小学校の教科書にも載ってるみたいですけど、なんか今の自分が改めて言われている気がしなくもない。

最後の1週間、頑張ろうという話でした。

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