「コースケはカナエールに恋をした」カナエール、5年間の振り返り2017/7/15

良くも都合よく解釈してくれたなあと思うわけですが、こちら実行委員長の名フレーズ。まあ、関わっていく中で、あまり「やってやってる感」とか「やらされてる感」とかなくやれてた、みたいなのを曲解するとこうなるのかなと思いますw(曲解だと思うけれどもw)。よく「一兵卒」という言葉を使っていましたが、1人のプレイヤーとして、よくよくカナエール実行委員会のコースケという「ロール」を「プレイ」できた、そんな感覚があります。僕の最後の年の肩書は「テクニカルおばけ」。クリエイティブとテクノロジーとコミュニケーションをプロジェクトの目的に対してどのように機能させていくか、そんなことを考えながら5年間に携わって来ました。

カナエール、最後の開催、横浜・東京・福岡での夢スピーチコンテストが無事終わりました。会場はすごい熱気。最後にして最高ができたんじゃないかなあと思います。勿論、1年目は知らないし、実行委員としてしか関わったことはなかったし、一旦、実行委員会すら離れたことはありましたが(あれはあれですごい正解だったと今になって思う)、何とか5年間を終えました。僕のカナエールとの関わりについては、コンテスト開催前にカナエールのブログにまとめています。

僕がカナエールを手伝う理由 「皆でやることだからこそ、1人1人がどれだけできるか」

皆でやることだからこそ、1人1人がどれだけできるか、ということが問われるのだろうと思います。カナエールというのは、とても大きなチームです。本当に多くの人が関わって来ました。だからこそ、1人1人がどれだけできるか、自分は何ができるか、もう一度きちんと向き合ってみたい、そんな気持ちで、珍しく自分語りの記事を書きました。

この話、実は毎年12月に開催されるラグビーのニュージーランド大使杯の打ち上げの際に、何となく毎年話している話で(ほんと毎年同じことしか言ってない)、チームで、組織でやることだからこそ、1人1人がどれだけできるか、ということが一番大事なんじゃないかと思うんですよね。そういうところに、情熱とか、執着とか、こだわりとかって生まれるものだと思っていて。良い仕事をしよう、そう思えるいくつかの場所の1つにカナエールがこの5年間あった、ということなのだろうと思います。僕が出場機会を持っていた、いくつかのフィールドのうちの1つというか(まあ、この5年間もカナエールだけやってたわけじゃないです)。それだけ良いプロジェクト、魅力的なプロジェクトだった、ということだろうと思います。

まず、初めに子どもたちのこと

僕が最初に児童養護施設を退所した子どもたちと話したのは、横浜Port for(ブリッジフォースマイルが横浜市とやってる居場所事業)に仲間とのランチついでに立ち寄った時のことでした。代表の林さんや事務局の植村さんと仲間を交えて話していて、そこに子どもたちが顔を出したのでした。最初の印象としては何話していいかわかんないな、ということでした。わかってないことが多過ぎて、児童養護施設を退所する、って色々あるだろうと思うものの、あまりにもわかってないな、って気がして、それから少し勉強をしようと思ったことを覚えています。その後、植村さんへのインタビュー依頼や(あれ、頼まれてやったのです、こちらも乗り気だったけど)、先の記事にあるようにコンテストのカメラマンの依頼があって、初めてカナエールを目にします。

2013年のことですが。とにかくスピーチが鮮烈で。それに尽きる。すげえなと思った。「なんでこんなことができるんだろう」「ここに至るプログラムを通年見てみたい」そんな気持ちが芽生えて、それはだから観察者の視点というか、「取材したい」「追っかけたい」という気持ちが芽生えたところに実行委員会からお声がかかり、「このプログラムを1年撮影してみたい」と思っていた僕は引き受けることにしました。実際、子どもたちとは現場では距離を置いていたけれど、子どもって本当に多感で柔軟で、言葉を交わさずとも、現場でカメラを持って動いていると、やり取りするものはあって、たまに話すとすごい楽しく、彼ら彼女らの過去の辛い経験に耳を傾けたり、夢を語るサポートをしたりということはついぞしなかったけれど、なんかこの子たちに知り合えてよかったとか、この子たちと付き合えてよかったとか、そんな普通の感覚があります。

カナエールでサポートできる子どもたちの数は、そういう境遇に置かれる子どもたち全体と比べると、本当に一握りです。7年間でサポートした子どもたちは124人、児童養護施設で暮らす子どもたちは全国およそ30,000人と言いますから、決して大きく全体をカバーできていたプロジェクトではありません。それでも100人近い子どもたちの顔を自分が覚えていること、というのは僕にとってカナエールに関わった意味があるんじゃないか、そんな風に思います。進学率が低い、中退率が高い、勿論、社会問題として看過できない実情があるわけだけれども、その手前にあることとして「こいつら人生楽しんでくれると良いな―」みたいな気持ちがあります。ラグビーの年齢の離れた後輩見る目とさほど変わらないかも。人生楽しむの、そんな簡単なことでもないな、って気もするんだけど頑張って欲しいなと思います。

次に、僕の役割のこと

僕の役割を大きく言うと、大体3つに分けられるかなと思います。結果的に振り返るとそうで、最初はWebと撮影お願いしますって言われたんですが。

  1. クリエイティブ(Webとかチラシとかパンフレットとか)
  2. プロモーション(ボランティア募集とイベント集客がメイン)
  3. スチール撮影

クリエイティブ

特に最後の2年は、カナエールの全般のクリエイティブをやらせてもらって、カナエールの外向けのリブランディングをする、みたいなイメージでした。平たく言うと「かわいそう感」をできるだけ落として伝えられるような骨太なコミュニケーションを作っていこう、なるべくストレートに「良さ」が伝わるようなテイストに作り変えよう、みたいなことを考えてました。「叶えたい、夢がある。」「この夢は、忘れない」その2年のコピーですが、とてもシンプルなメッセージを軸に、なんか色々作ってみました。とても楽しんでできました。

プロモーション

僕は実行委員会でプロモーションチームというのに所属していて、ボランティア募集とイベント集客が主な目的です。ボランティアをメインにしたチーム(事務局1名)でプロモーションをしていました。まあ、ボランティアは人数集めないといけないし、イベント集客はチケット売らなきゃいけなくて、結構ボランティアがやる内容としては辛いのですがw、これでもやり切れば相当楽しい仕事にできるなというのもあって、それぞれができる範囲で力を発揮して、プロモーションやれて良かったなあと思います。おそらくこの規模のプロジェクトのプロモーションをNPOが限られた販促費の中で、ボランティアベースにここまで回せてた、というものは日本で他に事例多くなく、かなりチャレンジングだったんじゃないかなと思います。僕自身もたくさんコンテキストを作りました。カナエールのプロモーションで培われたものが、今後、色々なところで花開くと良いな(僕が関わる以外のところでも)と思っています。

スチール撮影

元々のモチベーションがこのプログラムを通年撮りたい、だったわけなので、結構真面目に取り組みました。今年、2017年度のカナエールで撮った写真は10,434枚。プロカメラマンではない僕が、カナエールなしになかなかこれだけシャッター切ることもないでしょう。ほんとたくさんの人を撮りました。なんかぼちぼちこれまで撮って来たもの棚卸しして整理したいなあ、みたいなこともちょっと思っています。自分が撮ったものだけでも2〜30,000枚ありそうなので、なかなか大変そうだけれどw。

最後の開催

今年、特にあったのが、カナエールの終了ということでした。「長い検討の上で、終了の決定をした」という感じで話を2月くらいに聞いて、割と「話して、決めたんだったら、まあいいか」くらいにすぐ納得できたのですが、「終わらせること」自体には僕の仕事ありそうだなという感じがしていて、そっちの覚悟を決めることの方が大事だった気がします。「最後の開催に向かう設計」が必要で、「カナエールの終了の決定」を始点にして、コンテストの最後の開催が最大限意味を持つような、そんな設計がしたいなと思っていました。結果的には色々な人がそれぞれに考え、とても良いものになったと思っています。僕自身、やり切った、そう思える最後の開催でした。僕が考えて来たことは、大体こちらの記事にまとまっています。

「希望格差のない社会へ」カナエールと子どもたちの7年間、そして、最後の開催と、これから。

お気づきの方も多いと思います。希望格差のない社会へ、まだまだ道半ばです。もしかしたら、カナエールの7年間は、まだほんの入り口だったのかも知れません。お金のことはもとより、時間もかかる、もっと多くの人に関わってもらわないといけないし、よくよく理解していただくための啓発啓蒙も必要でしょう、セーフティネットが足りないかも知れないし、子どもたち1人1人の頑張りも、もっともっと必要なのかも知れません。希望格差をジブンゴトとして捉え、手を差し伸べたり、寄り添ったり、応援を送ってくれる人が1人でも増えること。そういう人が1人増えることが、カナエールの1歩で、来場者、社会人ボランティア、スポンサー企業、寄附で支えてくれたサポーター、外部の著名人や有識者の方々、実行委員会、NPOスタッフ、そうやって少しずつ関わる1人が増えるごとに、1歩1歩、歩みを進めて来た、関わる人に大いに支えられた、とっても恵まれたプロジェクトです。

カナエールが終わると何かを失う、そういうイメージはあまりなくて、終わって、それぞれの人が受け取ったものを材料に何かが始まる、そんな感じなんじゃないかなあと思います。

カナエールのコミュニケーション

最終的に僕が見て来たものは「コミュニケーション」というところに行き着くのではないかと思います。「スピーチすごい!」「コンテストすごい!」なんだけど、プライバシーの問題やクローズドな顔の見える支援であること、そして何度も書いて来たけど、カナエールのチケットを買って会場に足を運んでもらうということはなかなかハードルが高いということあり、じゃあ何をしなきゃいけないかというと、良いチラシを作ろうとか、伝わる記事を書こうとか、WebやSNSでどんどん情報発信をしようとか、なるわけですよね。最初はチケットを売って観客席を埋めることが目標だったけど、途中から、このチケット販売のためのプロモーション自体が、社会的養護という社会問題の広報・啓発・啓蒙に影響力を持ち得るな、だったら徹底的にやった方が良い、と思って、割と遮二無二やりました。結果、とても良かったと思っています。カナエールというプロジェクト自体が、1つのコンテキストとなって、社会に語りかける、そんなプロモーションできたんじゃないかなあと思っています。

一方で、プロモーションって全部最終的にスピーチに持っていかれるんですよねw。それこそ目指すもので、最大限、会場に足を運んでもらう努力と工夫をし尽して、期待を持って足を運んでくれた人たちが、それでも驚き感動するような、そんなスピーチがあるから、僕らも自信を持って前段階でゴリ押しできたというか。結局、あのステージ、あのマイク、あのスポットライトが当たる子どもたちがすごいんだ、そこに行き着くからこそ、関わる大人も頑張れるんだと思うんですよね。「すげー」という。カナエールのコミュニケーションは、数ヶ月色々を尽くして、でも最終的に僕がほとんど関与してない子どもたちのスピーチを以って完成する、そしてそれが素晴らしい、というのが何か美しいなあと思っていました。なんか美しいじゃないですか、なんか。

そして、謝辞

この記事を書いてる理由の半分は、ここに謝辞を書きたかったからです。とてもたくさんの外部の方々にお世話になりました。

Web周りを福岡でサポートくださったシンスの越水さん、Chromebookの導入とカナエールの告知に尽力くださった及川さんとGoogleのボランティアチームの皆さん、毎年様々な切り口で取材くださったアースガーデン / greenz.jpの葛原君、最後はお子さんと来場してくださったリズムーンの小野さん、現代ビジネス在籍時素晴らしい記事を書いてくださった徳さん、子どもたちのネット接続のために知り合いを辿って調整をくださったYahoo!の鈴木さん、今年何度もSNSで告知くださったsoarの工藤さんと編集部の皆さん、カナエール横浜スタート前にイベント開催に協力くださったノガンの茂木さんを初めとするgreen drinks Yokohamaの皆さん、遠く石巻から来場いただいたイトナブのナナちゃんとUK、チラシ配布やイベントでの告知にご協力くださったmassxmass、さくらWorks、BUKATSUDOなどの横浜のコミュニティスペース、地元東戸塚のTully’s Coffee、fe.a coffee、岩崎学園など、僕が泣き入れるのに快く協力くださった首都クラブラグビー連盟の諸先輩方、来場してくれたり告知手伝ってくれたりしばしば僕の愚痴を飲みながら聞いてくれたりした加藤企画の面々、他にもたくさんの友人・知人・仕事仲間にご協力をいただきました。

これまでETでも色々やって来たけれど、カナエールほど、たくさんの人にご協力を仰ぐプロジェクトはなかったです。本当にありがとうございました。実行委員会や社会人ボランティアとはまだまだ話す機会はあるけれど、お世話になった外部の人にそれぞれお礼言う機会はなかなかすぐにはなさそうなので、まずはこちらでも御礼を申し上げたく。なんかダイナミックだったな、魔法みたいなことが何度も起きたな、そう思います。

まとめ

まとめると、「モチベーションのあるところにインセンティブを渡す」、僕がETで「The Incentive Engine」という言葉を通じて目指しているものは、「児童養護施設から進学を目指す子どもたちを応援する奨学金支援プログラム【カナエール】」で間接的にはあるけれども実践できたな、って思うんですよね。子どもたちに対しても、クリエイティブや、プロモーションや、撮影を通じて色々なモノを渡したり残せたりして良かった。後は、満場の観客席、か。子どもたちと自分、という関係性で考えた時に、すごい色々やれて良かった、みたいに思います。

後は、実行委員会、事務局、ブリッジフォースマイル、社会人ボランティア、まあ言わばプロジェクトの仲間とも現場で話したり、酒飲んだり、色々難しい問題解決や、新しい試みに取り組めて、とても楽しかったなと思います。信頼できる仲間増えたとか、話せる相手増えたとか、これからも一緒になんかやってけそうな人増えたとか、そういう割と当たり前のことが良かったことじゃないかなあと思います。まあ、色々な人いるから色々あったのだけどw、プロジェクトに熱狂するって、なんかそんなことなのかなあとも思いますよね。

最後に冒頭の「コースケはカナエールに恋をした」問題ですが、実は僕、実家にいる頃から「コースケは仕事や仕事相手や仕事仲間のことを恋愛の話のようにする」って親に言われておりましてw、まあだからそれ僕の本質だとも言えると思うんですね。そういう人だからまあ一人でも仕事できてるとも言えるのかなあと。まあだから、僕らしい関わり方で僕らしく仕事できたってことでいいんじゃないかと解釈しました、恋をした問題。

あー、普通の恋愛したい(結論それかよ)。

5年間、お世話になりました、カナエール。

追記:
冒頭の新聞記事、Webでも公開されてます。写真もとても素晴らしいので、是非見てみてください。

eye:伝えたい。夢があるから 児童養護施設の若者ら、奨学金めざす弁論大会 – 毎日新聞

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