2015/9/5

多数の意思決定は正しいか

ご本人が取り下げたという形になったので、声を荒らげてどうこうというフェイズではもうないと思うのだけど、酒飲んで帰って起き抜け、オリンピックのエンブレムの話題が目についたので、ぼんやり考えていました。

僕の最初の感想はこうでした。

伝えること – 可能性への想像力について : kosukekato.com : the idea espresso

この時、Facebookでもこのエンブレムについて議論をしていて、割とUX的な見地で書いていたのだけど、そもそも造形としてどうかということを考えた時に、今回のデザイン、綺麗だったよなあと改めて感じました(何と言うか過去形にしないといけないのが、とても残念な感じだ)。逆に言うと亀倉雄策さんのデザインは、モチーフに何を選んだか、ということを置くと、造形としてはバランスという意味において随分歪で(崩した上で綺麗になるようにバランスされてるけど)、そこにメッセージがあるわけだけど、佐野さんのデザイン、綺麗だなあと思うわけですよね。

そもそも、なんでこれダサいって話になっちゃったんだろうと思うのだけど、まあ盗用という別の話題に巻き取られた感じだと思うのだけど、美しいかどうかみたいなところまで巻き戻すと、美しいな、というのが僕の感想ではないかと思いました。まあしかし、それは好みの問題ではあるとも言える。

今日シェアされていた記事でこんなのが。

亀倉雄策『曲線と直線の宇宙』を読んで腰が抜けた話【五輪エンブレム騒動】

予言の書、みたいな話題にはしない方が良いのだけど、ここに結構重要なエッセンスは解説されているなあという気もして、僕が先だって書いたUX的な話にも繋がるものがあるし、先日ご紹介した中西さんの記事もこの辺りも踏まえて書かれたものではないか、という感じがこれを読んでからしました(元からそういうことをおっしゃってる方だけど、作品主義、みたいな言葉あんまり普段聞かない言葉だしな、などとも感じた)。

中西元男公式ブログ | 中西元男 実験人生: 2020東京オリンピックと「日本デザイン界の大きな時代遅れ」

でまあ、ネットとはどういうものであるかとか、今回の群集心理がどうだったかみたいなことも置いておいて、ただ、ある意味で、デザインに関する国家的な意思決定がなされたとすると、今回、この意思決定、「間違い」な気がしました。総じてエンブレム、良いなという気がするし、密室ではなくてオープンでとかいう人もいるし、ダサいって話もあったわけだけど、プロセスの問題としてではなく、単純に、意思決定として将来、「間違い」だったなあってことになる気がするのと、国民がセンスあるかないかみたいな話にするつもりはないけど、良いもの良いって判断できなかったってことになる気がするんですよね。これは今ある問題に対するああだこうだじゃなくて、未来の話。まあただ、未来にそう顧みられても、佐野さんの面目躍如にはならない気もしている。

なんかモノの良し悪しの判断って、結局、理屈よりまず経験則だと思うんですよね。美しいかどうかとか、綺麗かどうかとか、かっこいいかどうかとか。という時に、あれを頭ごなしにダサいと言う人のセンスって多分僕のそれとずれている気がするし、国家的な意思決定の問題として結果論であれがダサいという判断になったとしたら、それも僕のそれとずれてる。

今回のように空気で物事が決まっていくのも、民主主義的な意思決定だとすると、そもそも僕あまり民主主義信じてないということもあるのだけど、賛成か反対か(僕は撤回に対して反対の立場になるわけだけど)ではなく、意思決定に対して批評をする時に、その意思決定は「間違い」って意思表明はし得るなと思いました。

まあでもデザインに関して正規のプロセスじゃなくても、そういう全体観としての意思決定がなされる事案って、これまでなかったんだろうな。そういう意味で時代が変わったとも思える。

意思決定の問題として国家として判断を間違えた、ってなかなかオオゴトだけど、まあなんかそれくらい重い話のような気もしますね、今回のことは。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

是非、フォローしてください!
Twitter / Instagram

(2012-10-5)
売り上げランキング: 14,705
100円