夢を叶える方法2017/8/17

夢なんですか、って言われると割と困るんですけどね。夢を叶える方法ってあると思っています。

大事なのは意味付け。

例えば、同じ練習をしても、上達する人としない人がいる。こういう時に上達する人は、一つ一つの動きや、一つ一つの工夫にきちんと意味をつけて、次に繰り越せる。この意味付けがきちんとできないと、やっただけ、になります。

例えば、同じ本を読んでも、学びがある人とない人がいる。こういう時に気づきがある人は、自分にとっての本で語られてることの意味をきちんと考えられてる人で、ただ、内容が良い、ではなく自分ときちんと紐付けられてるかが重要になる。

映画を観てもそう、芝居を観てもそう、自分にフィードバックして、そこに意味付けをして、自分を正したり、今後に役に立てたり、ということができれば、人には色々な可能性があって、意味付けがきちんとできれば、その先により良い実践があるし、反復が活きることであればあるほどなおのことそう。前段で新しい意味を付与できてないと、後段でより良い実践はできない。成長がない。

プライベートでもそう、仕事でもそう、日々の暮らしのことでもそうだろうと思います。色々なことのメカニズムに関心を寄せて、そこにより良くできることがないか、そう考えることが「うまくなる」とか「できるようになる」とか「成長する」とかなのだろうと思います。「頑張った」も「頑張れた」と「頑張れなかった」に分解できれば、そこに改善の余地が生まれる。頑張った、だけには改善がない。

こないだちょっとTwitterで友人と話していたのだけど、幸せになりたい、って感覚自体がすり減ってるんじゃないかって話があって。

勿論、バブルの時のような熱狂的な上昇志向への衝動はないし、一方で、身の丈にあった幸せを簡単に見つけられるほど社会も楽じゃなく。ただ、人間のより良くあろうという努力は、関わる人により良い何かを与えられる可能性はあって、スポーツならチーム強くなるし、仕事だったらプロジェクト良くなるかもだし、プライベートだったら人を幸せにできるかも、ということであるのだろうと思うのです。成長しないことに、後ろめたさを感じない、というのは、なんか感覚が麻痺してると思う。

何かを成し遂げる人って、幸せへの貪欲さを失っていない人なんじゃないかって思うんですよね。よく満員電車を評して皆死んだ目をしているとか言うけど、そこで死んでいるのは幸せへの貪欲さだと思う。

生きることを、こなすようになるのは、怖いということと、生きることを、こなすようにも、人間はなれてしまうということ。自分自身、そういう時期はあったんだろうなと思います。今、この時に「こなす」のか「より良くする」のか、で物事は大分変わる。その連続だと思うのですよね。神は細部に宿るって言いますけど、より良くしようという努力は細部に宿る。

まあただ、そんなん四六時中やってても神経が摩耗するので、集中できる時にきちんと集中していく、というのが大事なんじゃないかなって思います。スポーツでもワークレートって言い方があるけれども、出場時間が同じでも、仕事するべき時に仕事してるかっていうのは、人によって大きく差があります。

いくら良い目標を立てても、1つ1つの行動にきちんと意味付けをしてより良くする努力をしていかなくては前進はないし夢に近づく一歩にならない。人が成長せずに夢に近づけるかっていうと、どうだろう、疑問です。

なんかだから、大事なのは、成長って意外と簡単にできるよね、ってことなんじゃないかと。ちゃんと意味付けしてやることさえできれば、成長ってきちんと認められるよね、って思います。意味付けして、より良くしていく、というループがきちんと機能すれば、少しずつ前に進める。小さな成功体験を一つ一つ積み重ねていくことに夢を叶えることはある。

そんで、最終的に夢が叶った、と意味付けられるところまで持っていけたら、その時が夢が叶った、ということなんじゃないかと。夢が叶った、というところまで自分を持っていけることが、夢を叶える方法。

色々なことに意味をつけるというのは、灰ばらまいて花咲かせる、花咲かじいさんみたいな話だと思います。なんかでもそういう花咲かじいさん的なセンス必要。

色々なものに意味は溢れていて、ささやかなことに意味を見出してそこを伸ばしていけるかどうか、ということに人生の豊かさみたいなものはある気がします。氷水が美味しい。

ひとり仕事: フリーランスという働き方
(2012-10-5)
売り上げランキング: 14,705
100円