『よむ 暮らしかた冒険家』 #heysapporo2017/9/4

少し年下の世代の友人たちが、師匠と呼んでいたり、弟子入りしていたり、何となく気になっていた暮らしかた冒険家さんの本が出たということで、買ってあったのですが、今日都内出るついでに「これからの暮らしかた –Off-Grid Life–」行こうかなあと思い、良いタイミングだなあと思って読んでみることにしました。

暮らしかた冒険家「#heysapporo」 | OFF-GRID LIFE

第1号ということになると思うのだけど、札幌移住のきっかけの人、坂本龍一さん(僕そう言えば、坂本龍一さんと同じ街に住んでた時代あり)との対談を初めとして、なんか改めて「暮らしかた冒険家って何なのだろう?」みたいなのを読んだ気がします(本のタイトルそのままかそれw)。家のこと食べること仕事のこと、総じて、暮らし。面白かったです。ちょっと読んで考えたことをつらつら書いてみようと思います。

最初に札幌のことなんですけど、昨年、友人訪ねて行って来て、中心部は都会も都会なのだけど、車を10分、20分も走らせると森林で、ああこれが北海道か、と思った記憶があります。都会の中に緑があるのではなく、緑の中に都会がある感じというか。僕は横浜郊外暮らしが長いわけだけれども(というか人生の大半がそう)、ああなんか視点が真逆になるな、みたいに思いました。札幌はご飯も美味しく(特に「はるや」というところで食べた朝食が素晴らしかった)、北海道にはお客さんもいるので(苫小牧だけれども)、なんかまた折を見て訪問できれば良いなと思います。

39378848_Unknown

あとOff-Gridということについて。どう解釈をすれば良いだろうと改めて思ったのだけど、例えば「前時代の社会システムから離れる」みたいに考えても良いのかなと思いました、ちょっと言葉が固いけれども。電気もそうなんだろうけど、食べ物とか、住まいとか、働き方とか、もうちょっと膨らませると、医療とか、教育とか、家族とか、老後とか、死とか、色々なものについて考えられる気がしました。後ろに行くほど、頼らざるを得ないんじゃないか、って気もするけど。

僕自身、体調を崩して社会復帰を考えていく時に、あんまり社会システム役に立たないな、みたいな感覚ってあって、フリーランスという働き方を選ぶことになり、そこを主軸に今のような生活に至ります。DIYとまではいかずとも、何となく自分でできることはなるべくやれるようにみたいな意識は少なからずあるような気がしていて、まあ一番はまったの料理かも知れなくて、一方で本書で言ってるような自給自足とは程遠いけど、というところ。年収これくらいにして、家買ってローン組んで、車買って、海外旅行行って、みたいなことにあんまりピンと来なくなってしまった。仕事するの好きだし、お金稼ぐの好きだけど。

なんかぼんやり思ったのは、仕事するためにETがあり、生活するための横浜での暮らしがあり、身体を動かすためにラグビーがあり、社会問題へのアプローチにソーシャルセクターがあって、今、その4つくらいが僕が頼りにしているシステムなのかなあと思います(頼ってるというより、頼りにしているという言葉の方が適切だと思った)。それぞれにコミュニティがあって、そこに豊かさを感じるというか。一方でそれ以外に多くの社会システムに頼っていて、なんか内輪のシステムと外輪のシステム、絵を描けそう、そんなイメージを持ちました。スーパー使うし、病院お世話になるし、お坊さんにお経上げてもらうもんね、っていう。エコとかサステイナブルみたいなことでもないんだよな、大きなシステムに依存しない部分が自分の暮らしのどれくらいを形成してるかみたいなことだろうか。

以前、弓月さんと話した非日常性の話とかも良いですよね。たびたび引用するけれども。

松下 弓月 – 「非日常性への回路」 – ET Luv.Lab.

【松下】日常性から逸脱するような回路というものを、どれだけ持ってられるかだと思うんですよ。キリスト教圏であれば神という絶対的な存在があって、そこに繋がるという回路があるんだろうと思います。日本人の場合は「ハレ」と「ケ」と「ケガレ」という日本人の宗教性の生活形態を3つに分類するような言葉があります。ハレはお祭りの時ですよね。ケは日常で。ケガレというのはなにかその負の非日常性ですね。死に関するものとか血液に関するもの。日本人はこの3つの間を行ったり来たりして生きていた。普通の日常生活の中でたまにお祭りみたいな時があって、その時だけ触祭的な空間なり聖性に触れるんだけど、また日常に戻ってきて。たまには人がなくなったりしてケガレになったりするんだけれども、身を清めて元の日常に戻る。こういう往還運動があったから、日常性の中でがんじがらめになるということがなかったわけですよね。それが今は宗教性というものが、危険なモノ的な捉えられ方しかなくなってしまっているので、日常の囲いの中から外に出られなくなってしまっている状態だと思うんですよね。

なんか固定化した回路(システム)から少しずつ距離を置いたり、降りたり、外れたり、みたいなことかなあと。

考えたことつらつら書いちゃって、ほんとただの感想になってしまいましたが、面白い本でした。次回、テーマは「DIY」らしいので、また読みたい。

39378864_Unknown

ひとり仕事: フリーランスという働き方
(2012-10-5)
売り上げランキング: 14,705
100円