行動が生む論理 – 動きながら考える、腰を据えて考える2017/10/7

まあなんか論理の後に行動が来そうじゃないですか、普通。

今日、久し振りにカナエールのプロモーションのタスクの振り返りを少し手伝っていて、まあよくやったよねえみたいな話をしていたのですが、夜ちょっとブログ眺めてて、ちょうど自分がチケット販売開始前に書いてたブログが面白かった。

これとか。

始める人、続ける人、終わらせる人 – 奨学金支援プログラム「カナエール」終了について : kosukekato.com : the idea espresso

これとか。

「売れる」と「売る」 – カナエール 2017 夢スピーチコンテスト、チケット販売開始しました

今読むと面白いというか、終わった頃にはすっかり忘れてた気がするんですが、最後の年、チケット販売のスタート切る前の一番ボルテージ上がってる頃に書いた文章なんだろうなあと思います、多分。

この内容については今回言及せず(内容的には改めて読むと面白いものになっていると思います)。なんか思ったのは、これはだから、「カナエールをやらないと」「チケット販売をやらないと」出てこないロジックだなあと。

僕が例えばプロモーションとかマーケティングとかクリエイティブのプロとしてプロジェクトに呼ばれたとしても、いきなりは多分こんなこと言えない。実行委員会の中で何年か経験したから出て来るロジックだなあと(プロとして)。よく、プロジェクトで「実行委員だからカナエール実行するのが仕事なんだ」という完全に体育会系なことを言っていたのですが、まあ実行ありきですよね。

まずやってみる、経験をする、それをきちんと体系化して整理して論理にする、それを材料に次やってみる。そういうことなんだろうと思うんですよね。

今日やってたタスクの振り返りとかもそういうことだなあと。そういうの承継って言い方をしていたけど、行動と論理が循環するんだろうと思いますね。PDCAって言葉があるわけだけど、年次のプロジェクトだったので、1年単位でそういうことをやっていたのだなあと、振り返ると思います。

行動って、あたかも、PlanしたもののDoだから頭使うところと使わないところみたいに切り分けそうだけど、実際は腰を据えて考えることと動きながら考えることって気がして、世のPDCAは、結構DCAPなのかも知れない(全く新しく始めること以外では、それまでに用意されたもののインストラクションがあるから)。

僕らの業界ではラピッド・プロトタイピングとか高速仮説検証みたいな言葉があるけど、改めて考えるとロングスパンでもそれができた、ってのが良いのかな。終わってみると、5年分の行動(僕の場合)の蓄積が生む論理、ってあって、それがその先の問題意識みたいなものに繋がっている。

来週くらいにはいよいよ残っていた仕事も全て終わりそう。最後の仕事が、かなり楽しみだった仕事なんですけどね(僕は少しのお手伝いではあるのですが)。割とワクワクしている。出たらまた告知します。

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