2008/6/8

幸せの約束

糸井重里氏は学生時代、特別講師として毎年大学に講演にいらしていて、大学の授業なぞにとんと顔を見せていなかった僕も、彼の講演ばかりは立ち見で聞きに行っていました(でも徳川埋蔵金の話とかしてましたけど)。僕らの世代にとってはジブリ作品のキャッチコピーが一番印象が強いのですが、糸井氏の代表的なコピーで僕が大好きなのは1983年の西武百貨店の「おいしい生活」というコピーです。

「正しい」と「誤り」という視点で言葉を扱っていると、「おいしい生活」というのは「誤り」かも知れません。けれども、「当たり」か「はずれ」かで考えると、「おいしい生活」というのは「当たり」なわけです。顧客の心を「むんず」と鷲掴みにするというか。言葉遊びに終わらない、豊かで幸せな生活のイメージというのが想起されて、このコピーは見事なまでに本質的だと思います。その当時を知らない自分が、単純に耳にして「スゴイ」と感じるというのは、極めて主観的な尺度ですが、30年近く経った今でも新鮮に聞こえるのは、その価値が普遍的だからでしょう。

経験をデザインするんだとか、感性をマーケティングするんだとか、そういう言葉は世に溢れています。それが工業化社会へのアンチテーゼでありパラダイムシフトなんだと主張する人もいます。でもそれって直感的なようで、非常に掴みどころがないというか、本来できるはずのないことを、何だかそれらしくできるように言っているだけのような気もします。

広告的なことというのはトリガーでしかありません。「とっかかり」です。言うなれば潜在顧客への「提案」です。どんな顧客にも使える提案書なんてものは、往々にして味気ないものです。本来的に提案はオーダーメイドであるべきで、対象が広がれば広がるだけ、精度や訴求力というものは薄れてしまいます。その上で良いものでないと長く持たない。

たまたま先ほどMBAに行っている後輩から電話がかかって来まして、何でも酒造メーカーの新商品を考えるプロジェクトをやっているんだとか。これこれこうだからこうしなきゃいけないんだという話をしてたんですけど、僕はビジネスの世界に「魔法のフレームワーク」みたいなものは存在しないと思っているので、何だかピンと来ませんでした。

しかし一方で万人とは言わずとも、多くの人が感心し、時代を代表するコピーと評価される「おいしい生活」なんてコピーもあるわけで。

これは企業とは何ぞや、という話に発展するのですが、僕は企業活動の根本というのは株主がどうとか、利益率がどうとか言う前に(勿論それは非常に大切なことですが)、どういう「幸せの約束」ができるか、ということなのではないかと思うのですよね。

誰しも金を払って不幸せになりたいとは思っていないはずです。金を払うのは幸せになりたいからです。幸せと言っても十人十色です。嬉しいとか、カッコいいとか、おいしいとか、色々な幸せがあると思います。

企業はモノやサービスを通じて生活者に「幸せの提案」をします。その「幸せ像」に共感する人がその企業の顧客になって、「幸せの約束」が果たされ続けていくか見守っていくのだと思います。

そういう構造があって、初めて経験をデザインするとか、感性をマーケティングするとか言う、手法・アプローチの議論が活きて来るのだと思います。

「何のために仕事をするのか、自分のため」という問答はちょっと寂しい感じがします。でも「誰を幸せにしたいのか」という問いに対しては誰しもそれなりに解答を持ち得るのではないでしょうか。

ビジネスだって同じです。5W1H→Happyです。「誰を」「何を」「いつ」「どこで」「どうして」「どのように」幸せにしたいのか。そのためにはどんな「幸せの約束」を果たしていかなくてはいけないのか、そういうことを考え続けながら仕事というものをしていかないと、往々にして人というものは「軸」がぶれてしまうと思います。

宮崎駿氏はカンヌで表彰されるために映画を作るのか、隣のあの子を喜ばせるために映画を作るのか。隣のあの子に約束を果たせるなら、カンヌで評価されなくてもそれは素敵なことでしょう。

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